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「建築士(国が定めた建築技術者の資格)」の中で設計、監理サービスを提供し(建築士には様々な専門的職業に従事する人がおり、設計、監理は事実上その一分野となっています。)、当協会の倫理規定や、継続教育などの規定を遵守することに同意した人たちを会員とする職能団体です。
日本建築家協会が日本支部を務める国際建築家連合(International Union of Architects,UIA)では、プロフェッショナルサービスの国際的な自由化の時代の到来を予想し、1996年、「建築実務におけるプロフェッショナリズムの国際推奨基準に関するUIA協定」を作成し、国際的な比較のための建築実務サービスの基準を明らかにしました。1999年には第2版が承認され、既に「アーキテクト」の資格や実務の基準として様々なところで採用されています。
先輩たちが創り、拓いた道…
わが国に西欧的な意味での建築家を誕生させた工部大学校(東京大学工学部の前身)の、第1回卒業生たちが草創期の建築界を先導していきます。
写真の前列左端に佐立七次郎、その右に片山東熊、その右が明治期の建築界の中心人物といわれる辰野金吾、その右後ろに曾根達蔵といった諸先輩。
彼らは明治12(1879)年に工部大学校造家学科を卒業して以来、日本銀行本店、東京駅、赤坂迎賓館、日本郵船ビルなどをはじめとする、日本近代建築を象徴する数々の作品を創りつづけていきます。
彼らは西欧の途方もない文化を懸命に吸収し、咀嚼することに一生を捧げた人たちでもあります。建築というものを、建築家の魂の流露としてとらえ、自分たちが何をまもらなければならないかを、よく知っていた人たちであったというべきでしょう。
明治19(1886)年には、造家学会という日本で最初の建築家団体が誕生します。 その後大正3(1914)年、辰野金吾、長野宇平治、中條精一郎らを中心としてJIAの前身である全国建築士会が開催され、翌年、日本建築士会と改称されていきます。
そして第二次世界大戦という徹底的破壊から、戦後の粗製乱造期へ突入していきます。 この期は、経済優先のあまり、都市・建築は画一化し、環境(文化)の破壊が進行していった、ともいえるでしょう。
こうした歴史を経過して、建築家はもう一度、わが国黎明期の建築家たちの職能理念と、熱き情熱に立ち戻る時がきたともいえるのではないでしょうか。
アーキテクト(建築家)の語源アルキテクトン(大技術家)は、建築物のみならず都市計画にいたるまでの生活環境全般まで、責任をもって創造していく"職能人"に与えられた称号であります。欧米において、この職能人(プロフェッション)は建築家・医者・弁護士などを総称し、広く社会から信頼されています。
新日本建築家協会JIAは、そうした建築家の職能をわが国に定着させようと、昭和62(1987)年5月に誕生、平成8(1996)年6月に日本建築家協会に名称を変更いたしました。私たちは、単なる親睦団体ではなく、今日わが国の社会公共が必要とする、建築家の職能を確立するためのあらゆる活動を行う団体です。
21世紀を目前に控えて、時代は大きく変貌しようとしています。この時こそ、建築家は高度な知識と経験を基礎とした職能理念にもとづいて、これからの生活環境の創造と建築文化の発展に寄与していかなければならないと思います。
新しい時代に即応した建築文化の構築、急速な自由化に対応していく国際感覚の育成、社会公共に広く認められる信頼と地位の向上、と新たなパラダイムの設定はJIAの歴史的使命でもあります。
時代背景はまさに、近代化の先駆けであった先人たちの情熱を引き継いで、新草創期に入ったといえます。
私たちと志を一にするもの、集まれ…。
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